壊血病・脚気・ペラグラ・くる病・ペラグラ——いずれもかつては原因不明の難病でしたが、その正体は「食事中に不足する微量栄養素」でした。船乗りを苦しめたビタミンC欠乏、日本海軍を悩ませた脚気、アメリカ南部で精神病院を埋めたペラグラ。栄養と疾病の関係が解明されるまでには、長い試行錯誤と医学界の抵抗がありました。食と病が結びつくまでの道のりを、時代背景とともに描きます。
栄養と疾病の歴史 医師が尿を舐めていた時代——糖尿病2000年、「甘い尿」を追いかけた診断の歴史
医師が尿を舐めていた時代——糖尿病2000年、「甘い尿」を追いかけた診断の歴史
17世紀イギリス。一人の高名な医師が、患者の尿の入った容器に指を浸し、その指をなめた。
顔をしかめるどころか、彼は静かにこう記録した——「...
栄養と疾病の歴史 1日200グラムの生レバーが命を救った——悪性貧血とビタミンB12発見の物語
1日200グラムの生レバーが命を救った——悪性貧血とビタミンB12発見の物語
1926年、ボストン。
医師から「あと数か月の命」と告げられていた悪性貧血の患者たちに、奇妙な処方が出された。毎日、大量のレバー(肝臓)を食...
栄養と疾病の歴史 山の村の「首の腫れ」——ヨウ素欠乏症と、塩が救った数千万人の脳
山の村の「首の腫れ」——ヨウ素欠乏症と、塩が救った数千万人の脳
19世紀のスイス・アルプスの谷あいの村々には、奇妙な共通点があった。
多くの村人の首に大きな瘤があった。喉の下が膨らみ、時には頭ほどの大きさになる者もいた...
栄養と疾病の歴史 「王の病」と呼ばれた贅沢病——痛風2500年の歴史
「王の病」と呼ばれた贅沢病——痛風2500年の歴史
1556年、神聖ローマ皇帝カール5世は皇帝位を退いた。
ヨーロッパ最大の領土を支配し、新大陸の銀をも手にした絶頂期の君主が、何によって退位に追い込まれたのか——その大...
栄養と疾病の歴史 病気を診ずして病人を診よ——高木兼寛と脚気、そして東京慈恵医科大学の誕生
宮崎出身の海軍軍医・高木兼寛は、龍驤号と筑波号の比較航海というデータで「脚気の原因は食事だ」と証明した。しかし陸軍は「細菌感染説」を信じて拒否し、日露戦争で約27,000人が脚気で死亡。高木が創設した東京慈恵医科大学に今も生きる「病気を診ずして病人を診よ」という言葉の誕生と、故郷・宮崎への医師研修という現代への連鎖を辿る。
栄養と疾病の歴史 トウモロコシが精神病院を埋めた——ペラグラとゴールドバーガーの食事革命
1900年代初頭のアメリカ南部。精神病院は「謎の狂気」に侵された患者で溢れていた。
皮膚が赤く腫れ上がり、激しい下痢が続き、やがて精神が崩壊する。何万人もの患者が「感染する精神病」として隔離され、施設の中で死んでいった。しかし彼らを...
栄養と疾病の歴史 船乗りの壊血病が栄養学を生んだ──東インド会社のレモン汁と185年越しのビタミンC発見
「レモン汁を飲めば治る」と分かっていた。
しかし「なぜ治るのか」が分かるまでに、150年かかった。
大航海時代から19世紀にかけて、壊血病(scurvy)は船乗りにとって最大の脅威だった。長期航海に出ると歯茎が腐り、古傷が開き...