栄養と疾病の歴史

栄養と疾病の歴史

病気を診ずして病人を診よ——高木兼寛と脚気、そして東京慈恵医科大学の誕生

宮崎出身の海軍軍医・高木兼寛は、龍驤号と筑波号の比較航海というデータで「脚気の原因は食事だ」と証明した。しかし陸軍は「細菌感染説」を信じて拒否し、日露戦争で約27,000人が脚気で死亡。高木が創設した東京慈恵医科大学に今も生きる「病気を診ずして病人を診よ」という言葉の誕生と、故郷・宮崎への医師研修という現代への連鎖を辿る。
栄養と疾病の歴史

トウモロコシが精神病院を埋めた——ペラグラとゴールドバーガーの食事革命

1900年代初頭のアメリカ南部。精神病院は「謎の狂気」に侵された患者で溢れていた。 皮膚が赤く腫れ上がり、激しい下痢が続き、やがて精神が崩壊する。何万人もの患者が「感染する精神病」として隔離され、施設の中で死んでいった。しかし彼らを...
栄養と疾病の歴史

船乗りの壊血病が栄養学を生んだ──東インド会社のレモン汁と185年越しのビタミンC発見

「レモン汁を飲めば治る」と分かっていた。 しかし「なぜ治るのか」が分かるまでに、150年かかった。 大航海時代から19世紀にかけて、壊血病(scurvy)は船乗りにとって最大の脅威だった。長期航海に出ると歯茎が腐り、古傷が開き...
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