栄養と疾病の歴史 病気を診ずして病人を診よ——高木兼寛と脚気、そして東京慈恵医科大学の誕生
宮崎出身の海軍軍医・高木兼寛は、龍驤号と筑波号の比較航海というデータで「脚気の原因は食事だ」と証明した。しかし陸軍は「細菌感染説」を信じて拒否し、日露戦争で約27,000人が脚気で死亡。高木が創設した東京慈恵医科大学に今も生きる「病気を診ずして病人を診よ」という言葉の誕生と、故郷・宮崎への医師研修という現代への連鎖を辿る。
栄養と疾病の歴史
栄養と疾病の歴史
栄養と疾病の歴史