医学は社会の中に存在します。ジョン・スノウの疫学から始まった近代公衆衛生、ナイチンゲールの統計学、インフォームドコンセントの確立、医療資源配分を問うた「神の委員会」、病院制度の宗教的起源、禁酒法と医療、植民地と医学——医学と社会が交差する場面に焦点を当てます。技術や薬の話だけでは語れない、医療を取り巻く倫理・制度・文化の歴史を、現代の医療現場で働く立場から振り返ります。
医学と社会の歴史 「この邦に生まれたるの不幸」——呉秀三が告発した座敷牢と、1972年まで続いた私宅監置
1900年の精神病者監護法は、座敷牢=私宅監置を合法化した。皮肉にも、きっかけは「不当に閉じ込められた」という相馬事件の告発だった。呉秀三は門下生15人を全国に送って365室を記録し、国に突きつける。そして沖縄では1972年まで続いた。
医学と社会の歴史 一人の女王から広がった「王家の病」——血友病がヨーロッパの王室と歴史を揺るがした話
ヴィクトリア女王の体に潜んだ一つの変異が、政略結婚を通じてスペイン・ドイツ・ロシアの王室へ広がった。「王家の病」と呼ばれた血友病は、やがてラスプーチンとロシア革命にまで影を落とす。X連鎖遺伝がたどった歴史。
医学と社会の歴史 出島の「山オランダ人」——シーボルトが江戸日本に遺した西洋医学と、地図が招いた追放
1823年、出島に上陸したドイツ人医師シーボルトは、訛りを「私は〝山オランダ人〟だ」と言い訳した。鳴滝塾で西洋医学を教え、日本を調べ尽くし、そして一枚の地図をめぐって国を追われる。日本の近代医学に遺した光と影。
医学と社会の歴史 千円札の細菌学者・野口英世——「美談」と「実像」のあいだ
貧しい農家から世界的研究者へ——千円札の細菌学者・野口英世の立身出世物語。だがその裏には浪費癖と膨大な借金、そして「華々しい研究成果の多くが後に誤りと判明した」という事実がある。美談と実像の両面からたどる。
医学と社会の歴史 女王が麻酔を嗅いだ日——「産みの苦しみ」と無痛分娩をめぐる150年の論争
1853年、ヴィクトリア女王は8人目の出産でクロロホルムを嗅いだ。投与したのは後に「疫学の父」と呼ばれるジョン・スノウ。「産みの苦しみは神が女に与えた罰」という数千年の観念が、この一例から揺らぎ始める。無痛分娩150年の論争。
医学と社会の歴史 病院はどこから来たか——キリスト教が生んだ「弱者を看る場所」
「支払い能力に関わらず、病んだ者を受け入れて世話をする」という発想は、人類普遍のものではない。古代ギリシャのアスクレピオンは病院ではなかった。では病院はどこから来たのか——4世紀の地中海世界にその源流をたどる。
医学と社会の歴史 「同意」という革命——インフォームドコンセントが医療を変えるまで
1947年ニュルンベルク。ナチスの人体実験を裁いた判決文に埋め込まれた10項目が、医学倫理の礎になった。第一項は「自発的な同意は絶対に不可欠である」。2500年の医の歴史で、20世紀にようやく生まれた「同意」という概念。
医学と社会の歴史 禁酒法時代の工業用アルコール政策——アメリカが直面した公衆衛生上の悲劇
禁酒法時代のアメリカで、連邦政府は工業用アルコールにメタノールをはじめとする毒物を意図的に添加した。密造業者はそれを精製して販売し、市民が死んだ。政府は「自業自得」と言い続けた。1926年のクリスマスシーズン、ニューヨークだけで400人以上が死亡した。
医学と社会の歴史 「治す」から「生きる」へ——リハビリテーション医学はいつ生まれたか
「治す」だけでなく「生きる」まで扱うリハビリテーション医学はいつ生まれたのか。二度の世界大戦、ポリオの流行、そしてハワード・ラスクという医師の革新——その誕生の歴史を辿る。
医学と社会の歴史 エジソンは「問題児」だったのか——ADHDという視点で偉人を読み直す
「あなたの息子は精神薄弱です」という手紙を母が隠した——感動的なエジソンの逸話は、実は完全な後世の創作で一次資料に根拠がない。では実際には何が起きたのか。3か月で終わった学校生活を、ADHDという現代の視点から読み直す。