1日200グラムの生レバーが命を救った——悪性貧血とビタミンB12発見の物語
1926年、ボストン。
医師から「あと数か月の命」と告げられていた悪性貧血の患者たちに、奇妙な処方が出された。毎日、大量のレバー(肝臓)を食べること——それも、生か、ごく軽く火を通しただけのものを、1日およそ200グラム以上。
患者たちは吐き気と闘いながら、レバーを食べ続けた。すると——衰弱しきっていた患者の血液が、みるみる回復していった。「不治の病」とされていた悪性貧血が、レバーを食べるだけで治ったのだ。
この発見は1934年のノーベル賞につながり、やがてビタミンB12という未知の栄養素の発見へと結実する。今回は、「肝臓を食べる」という素朴な治療が、いかにして近代栄養学・血液学の金字塔になったかをたどる。
1. 「悪性」と名づけられた貧血
悪性貧血(pernicious anemia)は、その名の通り、かつては「悪性(pernicious=致命的)」な病だった。
最初に詳しく記述したのは、イギリスの医師トーマス・アジソン(Thomas Addison)で、1849年のことだった(彼の名にちなんで「アジソン貧血」とも呼ばれる。後に1872年、ドイツのアントン・ビールメルが再記述し「アジソン・ビールメル貧血」とも)。
赤血球がうまく成熟できず、巨大で未熟な赤血球(巨赤芽球)が現れる貧血で、進行すると重い貧血症状に加えて、しびれや歩行障害などの神経症状も現れた。当時はその原因がまったく分からず、診断されれば多くは1〜3年で死に至る、事実上の不治の病だった。
もちろん、アジソンの時代には、この病がのちに「ビタミンB12の欠乏」として理解されることなど、誰も知る由もなかった。
2. 犬を貧血にした男——ホイップルの先行研究
物語の伏線は、犬の実験から始まる。
アメリカの病理学者ジョージ・ホイップル(George Whipple)は、犬から血を抜いて人工的に貧血状態にし、その後さまざまな食物を与えて、どれが血液(ヘモグロビン)の再生をもっとも促すかを調べていた。その結果、レバー(肝臓)が際立って効果的であることを突き止めた。
ただし、ここに重要な注意点がある。ホイップルの作った貧血は「出血による鉄欠乏型の貧血」であり、悪性貧血とは原因がまったく異なる。彼の犬でレバーが効いたのは、主にレバーに含まれる鉄のおかげだった。つまりホイップルの研究は、メカニズムとしては悪性貧血と別物だったのだ。
しかし、「レバーが血液の再生を促す」という彼の発見は、次の研究者たちに決定的なヒントを与えることになる。インスピレーションは正しく、メカニズムの理解は後からついてきた——医学史にしばしば見られる展開だ。
3. ミノットとマーフィーの「レバー療法」(1926年)
ホイップルの研究に着想を得たのが、ボストンの医師ジョージ・ミノット(George Minot)とウィリアム・マーフィー(William Murphy)だった。
彼らは1926年、悪性貧血の患者に大量のレバーを食べさせる治療を試み、その劇的な効果を発表した(『JAMA』誌)。処方は、1日あたり約半ポンド(200〜240グラム)のレバーを、生または軽く火を通した状態で食べること。これによって、致命的だった悪性貧血の患者が次々と回復したのだ。
興味深いのは、ミノット自身が重い糖尿病患者だったことだ。当時はインスリンが実用化されたばかりの時代で、彼はインスリンで自らの命をつなぎながら、悪性貧血の患者を救う研究に打ち込んでいた。
ミノット、マーフィー、そして先行研究のホイップルの3人は、1934年、「貧血に対する肝臓療法に関する発見」によってノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。
4. 患者を悩ませた「レバー地獄」
しかし、レバー療法は患者にとって決して楽なものではなかった。
毎日200グラムを超える生レバーを食べ続けるのは、想像するだに過酷だ。多くの患者が吐き気に苦しみ、レバーの味と匂いに耐えられなくなった。「命は助かるが、レバーを食べ続けねばならない」——治療そのものが患者を消耗させるという皮肉があった。
この問題を解決するため、化学者エドウィン・コーン(Edwin Cohn)らがレバーの有効成分を濃縮した抽出物を開発した(1920年代後半)。これによって、大量の生レバーを食べる代わりに、少量の経口エキス、やがては注射で済むようになった。「効く成分」だけを取り出すという発想が、患者を「レバー地獄」から解放したのだ。
5. カッスルの「内因子」——胃の中の鍵(1929年)
なぜ悪性貧血の患者は、口から食べた栄養を生かせないのか——その謎に迫ったのが、医師ウィリアム・カッスル(William Castle)だった。
1929年頃、カッスルは独創的な(そしてかなり強烈な)自己実験を行った。彼はまず自分で牛肉を食べ、自分の胃の中で消化させてから、それを取り出して悪性貧血の患者に与えた。すると患者は回復した。一方、患者に牛肉をそのまま与えても効果はなかった。
ここからカッスルは、こう推論した——食物の中には「外因子(extrinsic factor)」があり、それを吸収するためには、正常な胃液に含まれる「内因子(intrinsic factor)」が必要だ。悪性貧血の患者は、この内因子を作れないために、せっかく食べた外因子を吸収できないのだ、と。
この「内因子」という概念は、後に悪性貧血の本質を解明する鍵となる。「外因子」の正体こそ、まだ見ぬビタミンB12だった。
6. ついに正体を捕まえる——ビタミンB12の単離(1948年)
「レバーに含まれ、内因子の助けを借りて吸収される、血液を作る謎の物質」——その正体が化学的に特定されたのは、レバー療法発見から20年以上後のことだった。
1948年、アメリカのメルク社のカール・フォルカース(Karl Folkers)らと、イギリスのグラクソ社のE・レスター・スミス(E. Lester Smith)らが、ほぼ同時に独立して、レバーから赤い結晶を単離することに成功した。これがビタミンB12(シアノコバラミン)だった。
ビタミンB12は分子内にコバルト(金属元素)を含む、極めて複雑な構造のビタミンだ。その複雑さゆえに、構造の解明にはさらなる難関が待っていた。
7. 結晶構造の解明——ドロシー・ホジキン(1956年)
ビタミンB12の複雑な分子構造を解き明かしたのは、イギリスの女性結晶学者ドロシー・ホジキン(Dorothy Hodgkin)だった。
彼女はX線結晶構造解析という手法を駆使し、1956年頃にビタミンB12の三次元構造を決定した。コバルトを中心に複雑に組み上がったその構造は、当時の構造解析として極めて困難な対象だった。
ホジキンはこの業績を含む「重要な生体物質のX線構造決定」(ペニシリンの構造解析なども含む)により、1964年にノーベル化学賞を受賞した。女性のノーベル化学賞受賞は、彼女が3人目である。
8. 現代の理解——自己免疫疾患としての悪性貧血
現代医学では、悪性貧血のメカニズムはほぼ解明されている。
悪性貧血は、多くが自己免疫疾患だ。体の免疫システムが、胃の「胃壁細胞(内因子を作る細胞)」や内因子そのものを誤って攻撃してしまう。その結果、内因子が不足し、ビタミンB12を吸収できなくなる。萎縮性胃炎を伴うことも多い。
ビタミンB12は、DNA合成(細胞分裂)に不可欠な補酵素であり、また神経を包む髄鞘(ミエリン)の維持にも必要だ。だからB12が不足すると、赤血球がうまく作れず貧血になり(DNA合成の障害)、同時に神経症状も現れる(髄鞘の障害)。悪性貧血が「貧血+神経症状」という独特の組み合わせを示す理由が、ここにある。
まとめ:生レバーから分子へ
致命的な貧血から、1錠のビタミン剤まで——約100年。
現在、悪性貧血はビタミンB12の注射(または高用量の経口B12)で簡単に治療できる。かつて患者を苦しめた「1日200グラムの生レバー」は、完全に過去のものになった。
悪性貧血の物語は、「経験的な食事療法」が「有効成分の単離」を経て「分子レベルの理解」へと進化する、医学の典型的な道のりを示している。犬を貧血にしたホイップル、レバーを食べさせたミノットとマーフィー、自分の胃で実験したカッスル、結晶構造を解いたホジキン——それぞれの執念が積み重なって、一つの不治の病が「治る病」に変わった。
⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の治療法・薬剤・医療行為を推奨するものではありません。個別の医療上の判断については、必ず担当の医療機関にご相談ください。
筆者注
整形外科医として悪性貧血を直接診断することは多くないが、ビタミンB12欠乏による神経症状は、しびれや歩行障害として整形外科の外来に現れることがある。頸椎症や末梢神経障害との鑑別が必要な場面で、「実はビタミンB12欠乏だった」というケースは決して珍しくない。食べ物に困らないはずの現代社会でも、ビタミン類の欠乏による症状は時折認められる。手足のしびれを訴える患者を診たとき、こうした栄養欠乏の可能性を頭の隅に置いておくことは、思いのほか重要だと感じている。
「1日200グラムの生レバーを食べ続ける」という治療を想像すると、現代の1本の注射のありがたさが身にしみる。有効成分を取り出し、必要な分だけを投与する——という現代医療では当たり前のことが、いかに大きな進歩だったかを、この物語は教えてくれる。
カッスルが自分の胃で牛肉を消化させて患者に与えたという自己実験のエピソードは強烈だ。医学史には、自らの体を実験台にした研究者が数多く登場する。倫理的な枠組みが整備された現代では考えにくい方法だが、彼らの「自分で確かめる」という執念が、医学を前に進めてきたことも事実だ。
ビタミンB12が、コバルトという金属を含む複雑な分子だというのも興味深い。「肝臓を食べると治る」という素朴な経験から、コバルトを中心にした精緻な分子構造の解明まで——医学と化学が手を携えて一つの病の謎を解いていく過程は、何度たどっても面白い。
参考資料
- Addison T. (1849/1855). On the Constitutional and Local Effects of Disease of the Suprarenal Capsules. London.
- Minot GR, Murphy WP. (1926). “Treatment of pernicious anemia by a special diet.” Journal of the American Medical Association, 87(7), 470–476.
- Whipple GH, Robscheit-Robbins FS. (1925). “Blood regeneration in severe anemia.” American Journal of Physiology, 72, 408–418.
- Castle WB. (1929). “Observations on the etiologic relationship of achylia gastrica to pernicious anemia.” American Journal of the Medical Sciences, 178, 748–764.
- Nobel Prize (1934). “The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1934.” NobelPrize.org.
- Rickes EL, Brink NG, Folkers K, et al. (1948). “Crystalline Vitamin B12.” Science, 107(2781), 396–397.
- Smith EL. (1948). “Purification of anti-pernicious anaemia factors from liver.” Nature, 161, 638–639.
- Hodgkin DC, et al. (1956). “Structure of vitamin B12.” Nature, 178, 64–66.

