83歳が書いた江戸のベストセラー——貝原益軒『養生訓』と日本最初の健康本

貝原益軒が養生訓を執筆する様子——江戸時代の書斎 古代・奇妙な医療

83歳が書いた江戸のベストセラー——貝原益軒『養生訓』と日本最初の健康本


1713年、一冊の本が刊行された。

著者は貝原益軒(かいばらえっけん)、83歳。博物学者・儒学者として60年以上の著作活動を続けてきた人物が、人生の集大成として書いたのが『養生訓(ようじょうくん)』だった。

翌年、益軒は85歳で没した。当時の平均寿命が40〜50歳程度だった江戸時代に、85歳まで生きた人物が書いた「長寿の秘訣」——この本は出版直後から爆発的な人気を誇り、江戸時代を通じて繰り返し刊行され続けた。

「腹八分目」という言葉を聞いたことがあるだろうか。この概念を日本で初めて明確に言語化したのが、益軒だ。


1. 貝原益軒とは誰か——60年以上書き続けた知の巨人

貝原益軒は1630年(寛永7年)、福岡藩(黒田家)の藩士の家に生まれた。

幼少から病弱だったとされる益軒は、むしろそのために健康と医学に強い関心を持った。藩に仕えながらも学問への情熱は止まらなかった。儒学・本草学(薬草学)・歴史・地理・教育——彼の著作は生涯で100冊以上に及ぶ。

1709年(宝永6年)、79歳のとき、益軒は『大和本草(やまとほんぞう)』を刊行した。日本の植物・動物・鉱物を網羅した博物学の集大成で、1362種もの物産を記録した。これは日本の近代植物学の礎の一つとなった著作だ。

その4年後に刊行された『養生訓』は、益軒の医学・健康に関する知識と人生経験のすべてを注ぎ込んだ書だった。


2. 『養生訓』の内容——何が書かれていたか

『養生訓』は全8巻から成る。

第1〜2巻「総論」:養生の基本的な考え方。「天地父母から授かった体を大切にすることは人の第一の務め」という思想的基盤が示される。

第3〜4巻「飲食」:食事論の核心。「食は腹八分目にして、満腹になるまで食べるな」という主張が展開される。過食こそが万病の元であり、腹八分目を習慣にすることで長寿が得られるという。

第5巻「慎慾」:欲望の節制。過度な飲酒・性生活・感情の起伏が「気」を乱し、体を傷める。

第6巻「慎病・択医」:病気になったときの心がけ、医師の選び方。良い医師の条件として「経験が豊富で、患者の話をよく聞き、薬を安易に多く処方しない」ことを挙げる。

第7〜8巻「養老」:老人の養生。老人は若者と同じことをしてはならない——食事・運動・睡眠すべてにおいて加齢に応じた調整が必要だという。

現代の予防医学の視点から読むと、驚くほど多くの主張が科学的根拠のある健康法と一致している。


3. 「腹八分目」——現代科学が証明した江戸の知恵

益軒が最も強調したのが「飽食の戒め」だ。

『養生訓』には「食は腹の八、九分にてとどむべし」という表現が繰り返し登場する。満腹まで食べることを戒め、「少し足りない」と感じる量で食事を終わらせよという。

この主張は現代の栄養科学で裏付けられている。カロリー制限(caloric restriction)が長寿と関連することは、酵母から哺乳類まで多くの生物で実験的に確認されている。2009年には霊長類(アカゲザル)でのカロリー制限が寿命延長と関連する研究がScience誌に発表され、現在も研究が続けられている。

また「腹八分目」に相当する概念は沖縄の伝統的食文化とも重なる。世界的に長寿者が多い沖縄の伝統的食習慣の一部として注目されてきた。益軒が経験と観察から導き出した「腹八分目」は、現代科学が約300年後に実験的に確認した事実と一致している。


4. 「気」の医学と現代の精神身体医学

益軒の養生論のもう一つの柱が、精神と肉体の関係だ。

『養生訓』には「病は気から生ずる」という表現が繰り返し現れる。怒り・悲しみ・過度な喜び・恐れ——激しい感情の変動が「気」の流れを乱し、体を傷めるという。

この「気」は中国医学の中心概念であり、益軒は儒学と中国医学を融合した文脈でこれを使っている。

現代医学では精神身体医学(psychosomatic medicine)という分野が、精神状態と身体疾患の関係を研究している。慢性ストレスが免疫機能を低下させ、心血管疾患・消化器疾患・自己免疫疾患のリスクを高めることは、現代の科学的知見として確立されている。「気から病になる」という益軒の主張は、ストレスと疾患の関係として現代医学でも支持されている。


5. 歩くことの推奨——益軒と「運動療法」

益軒は体を動かすことを強く勧めた。

「臥してのみいるは身に悪し。起きて歩行をよくすべし」——横になってばかりいるのは体に悪い、起き上がって歩くべきだという。食後には少し歩くべきだという記述もある。

江戸時代の上流階級の生活は、現代以上に座業・臥業が多かった。武士・商人・学者が仕事で歩き回ることは少なく、身分が高いほど「動かない」生活になりがちだった。その中で益軒は積極的に「歩け」と説いた。

身体活動の健康効果——心血管疾患リスクの低下、代謝機能の維持、認知症リスクの軽減——は現代医学で確立された知見だ。WHOの身体活動ガイドラインは週150〜300分の中等度の有酸素運動を推奨している。「毎日歩け」という益軒の主張は、300年後のWHOガイドラインに先行している。


6. 『養生訓』のベストセラーとしての歴史

『養生訓』は刊行直後から人気を博した。

江戸時代を通じて何十回も版を重ね、「医師でない人が読む健康書」として庶民にまで広まった。識字率が高く、本の出版文化が栄えた江戸時代だからこそ、このような「健康啓蒙書」が普及できた。

出来事
1630年貝原益軒、福岡藩に生まれる
1709年『大和本草』刊行(79歳)——日本本草学の集大成
1710年『和俗童子訓』刊行——子育て・教育論
1713年『養生訓』刊行(83歳)——生涯の集大成
1714年益軒、85歳で没
江戸中期〜『養生訓』が繰り返し版を重ね、庶民の健康書として定着
明治以降近代医学の普及後も「古典」として読み継がれる
現代岩波文庫・講談社学術文庫など複数の現代語訳版が流通

まとめ:300年後の科学が追いついた江戸の知恵

貝原益軒が『養生訓』で説いた内容は、現代の予防医学・生活習慣医学の多くと一致している。

腹八分目(カロリー制限)、精神的な平静(ストレス管理)、運動の奨励(身体活動)、加齢に応じた生活の調整(老年医学)——益軒が経験と観察と儒学的思想から導き出した「健康の教科書」は、実験科学が確立する300年前に書かれた。

もちろん、益軒の養生論には現代医学から見て誤りも含まれる。中国医学の「気」の概念や女性の体についての見方などは、現代の視点では批判的に見る必要がある。

しかし83歳の益軒が、自らの体で試し、観察し続けた「長生きの秘訣」は、時代を超えた普遍性を持っていた。「腹八分目に医者いらず」——この言葉が今も生きているのは、その証拠だ。


参考資料

  • 貝原益軒(著)、石川謙(校注)(1961)『養生訓・和俗童子訓』岩波文庫.
  • 立川昭二(1971)『病気の社会史——文明に探る病因』NHKブックス.
  • Colman, R.J. et al. (2009). “Caloric Restriction Delays Disease Onset and Mortality in Rhesus Monkeys.” Science, 325(5937), 201–204.

⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とした医療アドバイスではありません。健康上の問題については、必ず医師・医療機関にご相談ください。

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