Dr.げち

栄養と疾病の歴史

3500年前の処方は「目に肝臓」だった——鳥目・ヤツメウナギ・イシナギ、ビタミンAの光と毒

古代エジプトでは夜盲症に焼いた牛の肝臓の汁を目に用いた。理屈を知らないまま3500年前にビタミンA不足の正解を出していた話から、鳥目とヤツメウナギ、デンマークのバター、そして5gで中毒するイシナギの肝臓まで。
栄養と疾病の歴史

発見から13年後、脚気の死者は過去最多になった——鈴木梅太郎とオリザニン、「世界初のビタミン」の本当の壁

1910年、鈴木梅太郎は米ぬかから脚気に効くオリザニン(ビタミンB1)を取り出した。だが脚気の死者が最多になったのは13年後の1923年。「翻訳で一文が落ちた」逸話の真偽と、発見が人を救うまでの本当の壁、そして米を使わない理研酒の話。
医療器具・技術の歴史

目隠しされた産婦と、謎の箱——産科鉗子を100年以上隠し続けたチェンバレン家

17世紀イギリス、難産の家に呼ばれた男は大きな箱を運び込み、家族を外に出して産婦に目隠しをした。箱の中身は産科鉗子。チェンバレン家は母子を救いうるこの器具を100年以上一族の秘密にした。同じ頃の日本の賀川玄悦・水原三折も紹介する。
医学と社会の歴史

「この邦に生まれたるの不幸」——呉秀三が告発した座敷牢と、1972年まで続いた私宅監置

1900年の精神病者監護法は、座敷牢=私宅監置を合法化した。皮肉にも、きっかけは「不当に閉じ込められた」という相馬事件の告発だった。呉秀三は門下生15人を全国に送って365室を記録し、国に突きつける。そして沖縄では1972年まで続いた。
外科・手術の歴史

最初の患者は4か月半で死んだ——華岡青洲、「世界初の全身麻酔」のその後

1804年10月13日、華岡青洲は世界で初めて全身麻酔下の手術に成功した——が、その患者は4か月半後に死んでいる。彼はそこから「再発」という未知の問題に直面し、切除断端と手術適応という概念にたどり着く。あまり語られない続きの物語。
栄養と疾病の歴史

「日光に当たりなさい」はどこから来たのか——くる病・肝油・ビタミンDの物語

なぜ昔の子どもは肝油ドロップを舐め、大人は「日光に当たりなさい」と言ったのか。背後には骨が曲がる病・くる病との百年の格闘がある。日本で「貧しいのにくる病が少ない」と気づいた宣教医パームの日光説から、ビタミンD発見まで。
古代・奇妙な医療

くちばし仮面の正体——ペスト医師のマスクは「黒死病の300年後」に生まれた

鳥のようなくちばし仮面に黒い長衣——あの「ペスト医師」の装束は、実は黒死病(1347-53)の時代には存在しない。登場は約300年後の17世紀だ。誰が何のために作り、くちばしに何が詰まっていたのか。間違った理屈の防護服の物語。
薬・感染症の歴史

幻の第1回ノーベル賞——北里柴三郎、日本細菌学の父が受けた栄光と不遇

新千円札の顔・北里柴三郎。破傷風菌の純粋培養と血清療法を成し遂げながら、第1回ノーベル生理学・医学賞は共同研究者ベーリング一人に贈られた。ペスト菌の命名も逃した「あと一歩」の連続と、彼が日本に遺したものをたどる。
医学と社会の歴史

一人の女王から広がった「王家の病」——血友病がヨーロッパの王室と歴史を揺るがした話

ヴィクトリア女王の体に潜んだ一つの変異が、政略結婚を通じてスペイン・ドイツ・ロシアの王室へ広がった。「王家の病」と呼ばれた血友病は、やがてラスプーチンとロシア革命にまで影を落とす。X連鎖遺伝がたどった歴史。
薬・感染症の歴史

福沢諭吉を育て、種痘を日本に広めた町医者——緒方洪庵と適塾・除痘館

福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内——幕末を動かした人材を育てた大坂の私塾・適塾。開いたのは一人の町医者、緒方洪庵だった。種痘を日本に根づかせ、コレラと闘い、医の倫理を説いた「幕末の名医」の仕事をたどる。
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