潜水艦を探す音が、胎児を映した——超音波エコー診断の歴史

医療器具・技術の歴史

潜水艦を探す音が、胎児を映した——超音波エコー診断の歴史


妊婦健診で、お腹の中の赤ちゃんの姿をモニターに映し出す——今では当たり前の光景だ。あの白黒の画像を生み出す「超音波(エコー)」は、X線のように放射線を使わず、痛みもなく、体の中を覗き込む。

だが、この穏やかな技術の出発点は、まったく穏やかではなかった。敵の潜水艦を探し出して撃沈するための、戦争の技術だったのだ。

海の底で潜水艦を探っていた音波が、どうやって母親のお腹の中の小さな命を映す技術になったのか。今回は、戦争と平和が交差する超音波診断の歴史をたどる。


1. 超音波とは何か——コウモリが教えてくれる原理

超音波とは、人間の耳に聞こえる音(およそ20kHzまで)よりも高い周波数の音のことだ。耳には聞こえないが、物理的には普通の音と同じ「振動」である。

その原理は、コウモリのエコーロケーション(反響定位)と同じだ。コウモリは超音波を発し、その反射音(エコー)が返ってくるまでの時間で、暗闇の中でも障害物や獲物の位置を正確に把握する。1794年、イタリアの科学者ラザロ・スパランツァーニは、目を塞いだコウモリが障害物を避けられることを示し、「音」で空間を捉える能力の存在を示唆していた。

医療用の超音波も、まったく同じ仕組みだ。体に超音波を発射すると、組織の境界(臓器と臓器の境目など)で音が反射する。その反射音が返ってくる時間と強さを測定し、コンピューターで画像に変換する。なお、診断に使われる超音波は実際には2〜20MHz(メガヘルツ)と、可聴域よりはるかに高い周波数帯だ。


2. 振動する結晶——圧電効果の発見(1880年)

超音波を「作り、受け取る」ための鍵は、ある物理現象にあった。圧電効果(piezoelectric effect)だ。

1880年、フランスの物理学者ピエール・キュリーとジャック・キュリーの兄弟が、水晶などの特定の結晶に圧力をかけると電荷が生じる現象を発見した(直接圧電効果)。翌1881年には、その逆——結晶に電圧をかけると結晶が変形・振動する現象(逆圧電効果)も確認された。

この二つの効果こそ、超音波装置(トランスデューサ=探触子、プローブ)の心臓部だ。電圧をかけて結晶を振動させて超音波を発生させ(逆効果)、返ってきた反射音で結晶が振動して生じる電荷を捉える(直接効果)。発信と受信を一つの結晶が担う——キュリー兄弟の発見が、後の超音波診断のすべての土台になった。

ちなみにピエール・キュリーは、後に妻マリー・キュリーとともに放射能研究でノーベル賞を受賞する、あのキュリーである。


3. タイタニックと潜水艦——ソナーの誕生

超音波が「物を探す」技術として実用化される引き金は、二つの出来事だった。

一つは1912年のタイタニック号沈没。氷山との衝突による大惨事は、「水中の障害物を事前に探知できないか」という関心を一気に高めた。沈没の約1か月後、イギリスの気象学者ルイス・リチャードソンが水中エコー測距の特許を出願している。

もう一つは第一次世界大戦だ。ドイツのUボート(潜水艦)が連合国の船を次々と沈める中、「水中の潜水艦を音で探知する」技術が切実に求められた。フランスの物理学者ポール・ランジュバンは、技師シロウスキーとともに、1915〜1918年にかけて水晶の圧電素子を使った超音波の反射探知装置を実用化した。これが能動型ソナー(SONAR)の起源だ。

耳に聞こえない音で、見えない水中の物体を探し出す——コウモリの能力を、人類が兵器として再現した瞬間だった。


4. 戦争が磨いた技術——ソナーから工業探傷へ

ソナー技術は、第二次世界大戦でさらに発展した。

「SONAR(Sound Navigation and Ranging)」という名称が一般化したのはこの頃で、対潜水艦戦で大々的に使われた(イギリスは戦間期から「ASDIC」の名で実用化していた)。皮肉なことに、敵を沈めるための技術が、戦後に人を救う技術へと姿を変えていく。

平行して、超音波は工業分野でも使われ始めた。金属の内部の傷(鋳造物や船体のひび割れ)を、壊さずに音波で見つける「非破壊探傷」だ。ソ連のソコロフが1928年に透過法を提案し、アメリカのフロイド・ファイアストンが1940年代に反射(パルスエコー)式の「リフレクトスコープ」を実用化した。

「金属の中の傷を音で見つけられるなら、人間の体の中も見られるのではないか」——医学のパイオニアたちは、この戦争・工業由来の技術に目をつけた。


5. 脳を覗こうとした男——ダシックの挑戦

医療への応用を最初に試みた一人が、オーストリアの神経科医カール・ダシック(Karl Theodore Dussik)だった。

ダシックは1942年、超音波で脳を画像化しようとする最初の論文を発表し、「ハイパーフォノグラフィー」と名づけた。1947年には弟のフリードリヒとともに、超音波で脳室を描こうと試みた。彼の方法は、頭を挟むように超音波を発信し、頭蓋を「透過」させて画像を作るものだった。

しかし、この透過法には致命的な欠陥があった。頭蓋骨が超音波を強く吸収・反射してしまい、得られた画像は実際には脳ではなく頭蓋骨の影に過ぎなかったのだ。ダシックの試みは失敗に終わったが、「超音波で体内を見る」という発想の先駆けとして医学史に名を残した。


6. 反射法への転換——ワイルド、ハウリー、そして「牛の水槽」

ダシックの透過法に代わり、超音波診断を実用化に導いたのは「反射法(パルスエコー法)」だった。コウモリやソナーと同じ、反射音を使う方式だ。

アメリカの外科医ジョン・ワイルドと技師ジョン・リードは、1950年代前半、超音波で組織の違いを見分け、がん(乳がんや腸壁)を検出できることを示した。彼らは画像表示する「Bモード」装置を作り、「echography」という言葉を用いた。

同じ頃、ダグラス・ハウリーは2次元の断層画像装置を開発した。軍の余剰部品を流用したこの装置で有名なのが、牛用の飼料桶(cattle tank)を使った水浸スキャナーだ。患者を水を張った桶に座らせ、その周りを探触子が回って体の断面を撮影する——のちにはB-29爆撃機の銃座を逆さにして円周走査タンクに転用した装置(Somascope)へと発展した。

「兵器の部品」と「牛の水槽」から、人体の断面図が生まれた。技術の転用という点で、これほど象徴的なエピソードもない。


7. 胎児を映した産科医——イアン・ドナルド

超音波を「妊婦と胎児」の世界に持ち込み、現代の産科超音波の礎を築いたのが、スコットランド・グラスゴーの産科医イアン・ドナルド(Ian Donald)だった。

ドナルドは戦時中に航空機でソナーやレーダーに触れた経験を持ち、超音波への関心が深かった。彼は工業用探傷装置メーカー「ケルビン&ヒューズ社」の技師トム・ブラウン、医師ジョン・マクヴィカーと組み、腹部の腫瘤を超音波で調べる研究を進めた。

転機となった逸話がある。巨大な腹部腫瘤で「末期がん」と思われていた女性患者を、ドナルドが超音波で検査したところ、それが充実性(がん)ではなく嚢胞性(良性の卵巣嚢腫)であることが分かった。手術で摘出され、患者は回復した。超音波が「嚢胞か、充実性の腫瘍か」を見分けられることを示した、決定的な症例だった。

1958年、ドナルドらは『ランセット』誌に記念碑的論文「パルス超音波による腹部腫瘤の検査」を発表した。これが、産婦人科領域における超音波診断の出発点となった。やがて超音波は胎児の姿を映し、妊娠の管理を一変させていく。


8. 血流を聴く——里村茂夫とドップラー超音波

超音波には、もう一つの重要な使い方がある。血流の測定だ。

動いている血液に超音波を当てると、反射音の周波数がわずかにずれる(ドップラー効果)。このずれを測れば、血液の流れる速さや向きが分かる。

このドップラー超音波を世界に先駆けて創始したのが、大阪大学の里村茂夫(さとむら しげお)だった。彼は1955年にこの手法を考案し、1957年に血管の拍動によるドップラー偏移を測定した結果を国際的な学術誌に報告した。日本人研究者が、超音波診断の歴史に大きな足跡を残したのだ。里村は惜しくも1960年に40歳で早世したが、彼の業績は心臓や血管の血流診断として、現代医療に深く根づいている。


まとめ:音で「見る」という発明

潜水艦探知のソナーから、妊婦健診のエコーまで——約100年。

超音波診断の歴史は、「戦争の技術が平和の技術に転用される」という医学史のパターンの、もっとも鮮やかな例の一つだ。コウモリのエコーロケーション、キュリー兄弟の圧電効果、タイタニックとUボート、工業用探傷、牛の水槽、そしてスコットランドの産科医——まったく異なる流れが合流して、「音で体内を見る」という技術が生まれた。

超音波はX線CTと違って放射線を使わず、リアルタイムで動く臓器や胎児を観察できる。1953年にはスウェーデンで心臓を診る心エコー(エドラーとヘルツ)も生まれ、超音波は循環器・腹部・産科・整形外科とあらゆる領域に広がった。耳に聞こえない音が、現代医療のもっとも身近な「目」になったのだ。


⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の治療法・薬剤・医療行為を推奨するものではありません。個別の医療上の判断については、必ず担当の医療機関にご相談ください。


筆者注

整形外科医にとっても、超音波は近年ますます身近な道具になっている。かつて運動器のエコーといえば限定的だったが、今では腱・靭帯・筋肉・末梢神経の評価に日常的に使われる。腱板断裂、アキレス腱断裂、ばね指の腱鞘、肘部管症候群の神経——X線では写らない軟部組織を、その場でリアルタイムに観察できる。しかも放射線被曝がなく、患者を動かしながら(動的に)評価できるのが大きな利点だ。

超音波ガイド下の注射も普及した。関節内や腱鞘、神経ブロックなどで、針先を画面で見ながら正確に薬剤を届けられる。「見えないところに針を刺す」時代から「見ながら刺す」時代への転換は、患者の安全と治療効果を大きく高めた。これもまた、ダシックやドナルドが切り開いた「音で体内を見る」技術の延長線上にある。

この記事を書いていて改めて驚いたのは、超音波診断のほぼすべての要素が「医療以外の分野」から来ていることだ。圧電効果は物理学、ソナーは軍事、探傷は工業——医学はそれらを巧みに借りてきた。医学の進歩は、医学の中だけで起きるのではない。むしろ他分野の技術を「これは体にも使える」と見抜く眼が、しばしば決定的だったのだと、超音波の歴史は教えてくれる。

正直に書くと、この記事を書くまで私は里村茂夫という名前を知らなかった。世界に先駆けて超音波ドップラー法を生み出し、今や心臓・血管の血流診断として世界中で毎日使われている技術の礎を築いた日本人——その人物を、同じ日本の医療者である自分が知らなかったことが、まず恥ずかしかった。

そして調べていくうちに、少し寂しい気持ちになった。これほどの業績を持つ人物なのに、彼について書かれた記録があまりにも少ないのだ。英語版のWikipediaにはわずかなページがあるものの、日本語版は見当たらなかった(本稿執筆時点)。1960年、40歳の若さでくも膜下出血により急逝し、死後に教授へ昇進した——その短い生涯の詳細は、いくつかの学術的な回顧記事に頼るしかなかった。

ノーベル賞級の貢献をしながら、母国ですらその名がほとんど知られていない研究者は、きっと里村だけではないだろう。華々しい受賞歴や逸話を持つ偉人の陰で、確かな貢献をしながら静かに忘れられていく人々がいる。医学史を書くという作業の意義の一つは、そうした埋もれた名前にもう一度光を当てることなのかもしれない——里村茂夫について書きながら、そんなことを考えた。


参考資料

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