一人の女王から広がった「王家の病」——血友病がヨーロッパの王室と歴史を揺るがした話

豪奢な宮殿の一室に座る蒼白な皇子と王族(血友病=王家の病のイメージ) 医学と社会の歴史

一人の女王から広がった「王家の病」——血友病がヨーロッパの王室と歴史を揺るがした話


19世紀のイギリス。大英帝国に君臨したヴィクトリア女王の体には、彼女自身も知らない「ある変異」が潜んでいた。

その変異は、女王が産んだ子どもたち、そして政略結婚で結ばれたヨーロッパ各国の王室へと、静かに広がっていく。スペイン、ドイツ、そしてロシア——大陸の王家を次々と侵していったこの病は、やがて「王家の病(Royal Disease)」と呼ばれるようになった。

その正体は、血友病(けつゆうびょう)。血が止まらなくなる、遺伝性の病だ。そして驚くべきことに、この一つの病が、ロシア革命という20世紀最大の激動にまで影を落とすことになる。今回は、王室の血筋をたどって広がった病と、それが動かした歴史の物語をたどる。


1. 血が止まらない病——血友病とは

血友病は、血液を固める仕組みに欠陥がある病気だ。

私たちの血液には、けがをしたときに出血を止めるための「凝固因子」というタンパク質が備わっている。血友病の患者は、この凝固因子の一部(第VIII因子または第IX因子)が生まれつき不足している。そのため、いったん出血すると血が止まりにくく、ときに命に関わる。

特に恐ろしいのは、外からは見えない体内での出血だ。関節の中や筋肉、脳などで出血が起きると、激しい痛みや腫れ、そして重篤な障害を引き起こす。ちょっとした打撲や、抜歯、小さな切り傷が、致命的になりうる。有効な治療法のなかった時代、血友病の子どもは、いつ命を落とすとも知れない綱渡りの人生を強いられた。


2. ヴィクトリア女王から始まった——「王家の病」

ヨーロッパ王室における血友病の「出発点」は、ヴィクトリア女王(1819〜1901)だった。

女王自身は血友病を発症しなかった。だが彼女は、この病の遺伝子を持つ「保因者(キャリア)」だった。興味深いことに、女王の家系をさかのぼっても、明確な血友病の記録は見当たらない。このことから、血友病の遺伝子変異は、ヴィクトリア女王(またはその両親)の代で新たに生じた「突然変異」だったと考えられている。まったくの偶然から、一人の女王の体に、後にヨーロッパを揺るがす変異が生まれたのだ。

ヴィクトリア女王は9人の子どもをもうけ、その子女はヨーロッパ各国の王室へと嫁ぎ、婿入りした。「ヨーロッパの祖母」と呼ばれた女王を起点に、血友病の遺伝子もまた、大陸中の王家へと拡散していくことになる。


3. 息子と娘——なぜ男子だけが発症するのか

血友病には、際立った特徴がある。発症するのはほぼ男性ばかりで、女性は「保因者」として次の世代に病を伝える、という点だ。なぜこんなことが起こるのか。

鍵は、血友病の遺伝子がX染色体の上にあることだ。人間の性別を決める性染色体は、女性がXX、男性がXYという組み合わせになっている。

女性(XX)は、片方のX染色体に血友病の遺伝子があっても、もう一方の正常なX染色体が補ってくれるため、多くは発症しない。しかしその遺伝子を、子に伝える「保因者」になる。一方、男性(XY)はX染色体を一本しか持たない。だから、そのたった一本に血友病の遺伝子があれば、補うものがなく、そのまま発症してしまうのだ。

保因者の母親からは、およそ半分の確率で息子が発症し、娘が保因者になる。ヴィクトリア女王の場合、末子のレオポルド王子が血友病を発症し、30歳の若さで転倒による出血で亡くなった。そして娘のアリスとベアトリスは保因者となり、病を国外の王室へと運んでいった。


4. ヨーロッパ王室に広がる——スペイン・ドイツ・ロシア

ヴィクトリア女王の孫の世代になると、血友病は政略結婚を通じてヨーロッパ各国の王室に姿を現す。

スペインでは、女王の孫娘ヴィクトリア・ユージェニーが国王アルフォンソ13世に嫁いだ。二人の息子たちが血友病を受け継ぎ、いずれも自動車事故のあとの出血で若くして命を落とした。血友病は、スペイン王室にも暗い影を落とした。

ドイツ(プロイセン)の王室にも、女王の血筋を通じて病は伝わった。しかし、最も歴史的に重大な結果をもたらしたのは——ロシアだった。

ヴィクトリア女王の孫娘アリックス(ヘッセン大公女)は、ロシア皇帝ニコライ2世の妃となり、皇后アレクサンドラとなる。そして1904年、待望の世継ぎである皇太子アレクセイが誕生した。だが、この皇太子こそ、女王から続く血友病を受け継いでいたのだ。


5. ロシアの悲劇——アレクセイ皇太子とラスプーチン

ロシア帝国の唯一の世継ぎが、いつ出血で命を落とすとも知れない血友病だった——この事実は、皇室の最高機密として国民に隠された。

母である皇后アレクサンドラは、息子を救うために必死だった。医師たちが手をこまねく中、彼女がすがったのが、シベリア出身の怪僧グリゴリー・ラスプーチンだった。

ラスプーチンは、アレクセイの出血の発作を、なぜか鎮めることができるように見えた。その方法については、皇太子を精神的に落ち着かせたこと(不安や興奮は出血を悪化させる)や、当時出血を悪化させると知られていなかった薬(アスピリンなど)を避けさせた可能性など、いくつかの説がある。理由はどうあれ、「息子を救える唯一の人物」としてラスプーチンは皇后の絶大な信頼を得た

そしてこの信頼が、ロシアを揺るがす。ラスプーチンは皇后を通じて政治にまで影響を及ぼすようになり、その乱脈ぶりは帝室への信頼を大きく損なった。第一次世界大戦の混乱も重なり、人々の不満は爆発していく。1916年にラスプーチンは暗殺されたが、時すでに遅かった。1917年のロシア革命でロマノフ王朝は倒れ、1918年、アレクセイを含むニコライ2世の一家は銃殺された

一人の少年の血が止まらないという病が、一人の怪僧を宮廷の中心に引き入れ、それが帝国崩壊の一因になった——歴史とは、かくも思わぬところで動く。


6. 一滴の血が動かした歴史——そして2009年のDNA解析

血友病がヴィクトリア女王に始まる「王家の病」であったことは、長く状況証拠から推測されてきた。それが科学的に裏づけられたのは、ごく最近のことだ。

処刑されたロマノフ一家の遺骨が発見・鑑定され、2009年、そのDNA解析によって、アレクセイ皇太子が「血友病B」(第IX因子の欠乏)だったことが確定した。これによって、ヴィクトリア女王が保因していたのが血友病Bの遺伝子だったことも判明した。100年以上を経て、王家を蝕んだ病の正体が、分子レベルで明らかになったのだ。

なお、この「王家の病」は、現在のヨーロッパ王室にはほぼ受け継がれていない。発症した男子の多くが子を残さずに亡くなり、また現在の英王室は血友病を持たない家系につながっているためだ。ヴィクトリア女王から始まった変異の連鎖は、数世代を経て、静かに途絶えつつある。


まとめ:血筋をたどった病、歴史を変えた病

血友病とヨーロッパ王室の物語は、二つのことを鮮やかに示している。

一つは、遺伝という現象の非情さと精妙さだ。一人の女王の体に偶然生じた突然変異が、政略結婚という王室の慣習を「運び屋」にして、大陸中の王家へと広がっていった。X染色体という一本の糸をたどって、病は世代から世代へと受け継がれた。

もう一つは、一つの病が歴史を動かしうるということだ。皇太子の血友病がなければ、ラスプーチンが宮廷に食い込むこともなく、ロシアの歴史は違った形をとったかもしれない。もちろん革命の原因は複雑で、血友病だけに帰することはできない。しかし、それが歴史の歯車の一つを確かに回したことは間違いない。

王家の華やかな血筋の中を、静かに流れていた一つの変異。それは、王朝の運命と、世界の歴史に、消えない痕跡を残したのだった。


筆者注

血友病は、整形外科と深い関わりのある病気だ。関節内で繰り返し出血が起きると、やがて関節が破壊される血友病性関節症を引き起こし、膝・足首・肘などが変形して歩けなくなることもある。凝固因子を補充する治療の進歩で関節出血そのものを予防できるようになってきたとはいえ、この病態は今もなお、整形外科の重要な研究テーマの一つであり続けている。

というのも、意外に思われるかもしれないが、「なぜ関節内の出血が軟骨を傷害するのか」という詳しい仕組みは、実はまだ完全には解明されていないのだ。血液中の鉄が軟骨や滑膜に悪さをするという説、炎症性の物質が関節を蝕むという説など、いくつものメカニズムが提唱され、研究が進められている。「血が関節を壊す」という現象は、患者を診ていれば誰もが知っている厳然たる事実なのに、その詳細な機序はいまだ研究の途上にある——医学には、こうした「当たり前に起きているのに、なぜそうなるのかがよく分からない」現象がまだ数多く残されている。血友病性関節症も、その一つなのだ。


参考資料

  • Rogaev EI, et al. (2009). “Genotype Analysis Identifies the Cause of the ‘Royal Disease’.” Science, 326(5954), 817.
  • Massie RK. (1967). Nicholas and Alexandra. Atheneum.
  • Stevens RF. (1999). “The history of haemophilia in the royal families of Europe.” British Journal of Haematology, 105(1), 25–32.
  • Aronova-Tiuntseva Y, Herreid CF. “Hemophilia: The Royal Disease” (case study).

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⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とした医療アドバイスではありません。健康上の問題については、必ず医師・医療機関にご相談ください。

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