磁気テープを車で運んだ時代——CTスキャンが医療を変えるまで
1971年10月1日、ロンドン郊外のアトキンソン・モーリー病院で、40代の女性患者の頭部スキャンが行われた。
X線装置が患者の頭の周りをゆっくりと回転しながら、様々な角度からデータを収集した。1スライスあたり約4〜5分。脳の断面を1枚撮影するのに、それだけかかった。
データは磁気テープに記録された。しかし病院にはそれを処理できるコンピューターがない。技術者はテープを持って車に乗り、約20km離れたEMI社の施設へ向かった。そこにある大型メインフレームコンピューター(ICL 1905)に処理を依頼し、結果が戻ってくるまで——約2日間かかった。
それが人類初の臨床用CTスキャンだった。
1. ゴッドフリー・ハウンズフィールドと夏の散歩
ゴッドフリー・ハウンズフィールド(Godfrey Hounsfield, 1919–2004)はイギリスの電気技師だった。ノッティンガムシャーの農家に生まれ、第二次世界大戦中はRAFでレーダー技術者として働き、戦後にEMI(Electric and Musical Industries)社に入社した。
1958年、彼はイギリス初の全トランジスタ式コンピューター「EMIDEC 1100」の設計チームを率いた。1967年、EMI中央研究所に籍を置いていたハウンズフィールドは、夏のハイキング中にある考えを巡らせていた。
「箱の中に何が入っているかを、あらゆる角度からX線を通すことで特定できるのではないか」
自分では語ることが少なかったが、後に伝えられるところでは、ピクニックバスケットの中身を想像しながら散歩していたときに、このアイデアが結晶化したという。四方八方からX線を当て、その透過データをコンピューターで計算すれば、輪切りの断面図が再現できる——それまでのX線が「影絵」だとすれば、これは「断面の実像」だ。
ハウンズフィールドは帰社後、密かに研究を始めた。
2. 「ビートルズが資金を出した」は本当か
ハウンズフィールドが勤めていたEMI社は、ビートルズのレコードレーベルでもあった。「ビートルズの売上がCT開発の資金になった」という話は広く語られ、今なんとなく信じている人も多い。
しかし——これは俗説であり、事実ではない。
医学史研究者による調査(2012年、Radiography 誌掲載)によると、CT開発の主要な資金源はイギリス政府の保健社会保障省(DHSS)であり、その拠出額は約60万6,000ポンドに上る。EMI社が直接支出したのは約10万ポンドにとどまり、開発予算は社内でも「非常に少ない(shoestring budget)」と言われていた。
話が生まれた背景は単純だ——同時期にEMIがビートルズをはじめとするアーティストで空前の利益を上げており、会社が潤っていた時代と開発の時期が重なった。それだけのことだ。
面白い話が事実を書き換えることがある——医療史もその例外ではない。
3. 1917年の数学者と、孤独な物理学者
ハウンズフィールドがこのアイデアを思いついたとき、彼は自分より半世紀前に同じ数学的問題を解いた人物がいることを知らなかった。
ヨハン・ラドン(Johann Radon, 1887–1956)はオーストリアの数学者だ。1917年、彼は「ある関数を、あらゆる直線上の積分値から復元できる」という純粋数学の定理を発表した——「ラドン変換」だ。CTの数学的骨格は、1917年にすでに存在していた。
40年後、南アフリカ生まれの物理学者アラン・コーマック(Allan Cormack, 1924–1998)がケープタウンの病院で医学物理士として働きながら、独立してこの数学をX線断層撮影に応用できることを発見した。1963年と1964年に Journal of Applied Physics に論文を発表したが、当時ほとんど注目されなかった。
ハウンズフィールドはコーマックの論文も、ラドン変換も知らなかった。三人は時代と場所を超えて、同じ数学的真実に向かっていた。
1979年のノーベル生理学・医学賞はハウンズフィールドとコーマックの二人に授与された。受賞理由の正式文言は——「コンピューター支援断層撮影法の開発に対して」(for the development of computer assisted tomography)。
4. 水の詰まったゴム製スリーブ——最初のスキャナーの奇妙な構造
1971年の初スキャン、患者の頭の周りには奇妙な構造物が巻かれていた。水が充填されたゴム製のスリーブ(sleeve)と水槽(water bath)だ。
なぜ水が必要だったのか。
X線が頭部を通過するとき、骨・脳・空気が混在する複雑な組織を透過して強度が大きく変動する。検出器の感度範囲に収めるには、この信号のばらつきを均一化する必要があった。水は人体に近い減弱特性を持ち、頭部を水層で囲むことで:
- **X線強度のダイナミックレンジを調整**し、検出器が飽和しないようにする
- **ビームハードニング効果を低減**——X線が組織を通過する際に低エネルギー成分が先に吸収されてスペクトルが変化するアーチファクトを抑制する
- **均一な参照値を提供**してキャリブレーションを安定させる
後の世代のスキャナーでは検出器感度とデジタル補正技術が向上し、この水スリーブは不要になった。しかし最初期のスキャナーが「患者の頭を水槽に突っ込む」装置だったことは、当時の技術的制約を象徴している。
5. 80×80ピクセル——初代スキャナーの解像度
最初のEMIスキャナー(Mark I)が生成した画像のマトリクスサイズは80×80ピクセルだった。
現代のCTは512×512が標準で、高精細機種では1024×1024にも達する。80×80は、現代のウェブアイコン程度の解像度に過ぎない。それでも——人間の脳の断面がそこに現れた瞬間、診断の世界は変わった。
画像再構成の速度も劇的に改善された。初期の「磁気テープを車で運んで2日」は、EMI社製ミニコンピューターの導入により、160×160ピクセル画像を30秒で処理できるようになった。1975年以降の全身用スキャナーでは320×320画像の臨床的処理が可能になり、スキャン時間も1スライス当たり20秒程度まで短縮された。
6. CTが駆逐した検査——気脳術という地獄
CTが登場する前、脳の内部を診るための検査は患者にとって地獄に近かった。
気脳術(pneumoencephalography)——1919年にアメリカの神経外科医ウォルター・ダンディが開発したこの検査は、腰椎穿刺で脳脊髄液を抜き取り、代わりに空気・酸素・ヘリウムを脳室内に注入してX線撮影するというものだ。空気と脳組織のコントラスト差を利用して脳室の形を見る。
副作用は激烈だった。激しい頭痛、嘔吐、発熱、意識障害——検査後に数日間ベッドを離れられない患者も多かった。重症患者では死亡率が30%に達することもあった。それでも「脳の中を診る手段」がこれしかない以上、1970年代まで広く行われ続けた。
1971年の初CTスキャンで診断された患者——40代の女性の頭部に嚢胞性星細胞腫(脳腫瘍の一種)が発見された——は、気脳術を受けることなく診断された。それがどれほどの意味を持つか、当時の神経科医なら即座に理解できたはずだ。
7. 世代ごとの進化——「4〜5分」から「0.3秒」へ
CTスキャナーは短期間で劇的に進化した。
第1世代(1971〜73年頃):X線管と検出器が連動して平行移動しながら回転する方式。1スライス当たり約4〜5分、頭部専用。
第2世代(1974〜76年頃):扇状(fan beam)X線ビームと複数の検出器を採用。1スライス当たり約18〜20秒——第1世代の約15倍の高速化。
第3世代(1975年〜現在):X線管と検出器アレイが一体となって高速回転する方式。現在の主流で、最新機種では0.3秒/回転以下を実現。
第4世代:検出器リングが360度固定で、X線管だけが回転。約1秒。
画像再構成アルゴリズムも進化した。1970年代に主流になったフィルタード・バックプロジェクション(FBP)は半世紀近く標準として使われ続けたが、2009年以降は反復再構成法(IR)が導入され、現在はディープラーニング再構成(DL-IR)も実用化されている。GPU並列処理の採用で、再構成速度はCPU単独比で1000倍以上の加速も可能になった。
8. 日本への導入——1975年の東京
日本に最初のCTスキャナーが導入されたのは1975年8月26日、東京女子医科大学脳神経センター神経放射線科だ。機器はEMI社製だった。同年、日立製の国産CT装置第1号機も設置され、国産化の動きが始まった。東芝は1978年に国産全身用CT「TCT-60A」を開発し、その後の国産CT産業の礎を作った。
まとめ:54年で0.3秒になった
1971年に「1スライス5分、結果まで2日」だったCTスキャンは、2025年現在、「全身スキャン10秒未満、再構成即時」の装置になった。
変わったのは速度だけではない。被曝線量は激減し、マルチスライスCTは1回の撮影で数百枚の断面を同時取得し、3D再構成が当たり前になった。80×80ピクセルから、数十億の画素へ。
しかし本質は1971年のアトキンソン・モーリー病院で起きたことと同じだ——「見えなかった体の内部を、切らずに見る」。
磁気テープを車で運んでいた時代から54年。技術の速度は、スキャンの速度よりも速かった。
筆者注
学生の頃、脳底動脈の再構成画像を2枚並べて立体視することが「脳外科医のスキル」だと先輩に教わった。左右の視差を利用して、2枚の平面画像を頭の中で立体的に統合する——今で言う3Dビューアで一瞬で確認できることを、目と脳だけでやっていた技術だ。しかし今、そんなことをしている脳外科医はいないだろう。ソフトウェアが0.1秒で立体再構成を表示する時代に、人間が目を細めて立体視を練習する必要はない。技術が進むと、かつての「職人技」が静かに消えていく。
もう一つ、動画配信サイトでCTガントリー内部の動作を映した映像を見たことがある。外から見ればただの白い輪っかが静かに患者を通すだけのように見えるCTが、ガントリーを開けると中でX線管と検出器が猛烈なスピードで回転している——その速度に正直驚いた。現代のCTは0.3秒以下で1回転するから、毎分200回転以上の計算になる。カバーの中に隠れた「暴力的な速度」が、静かで安全な検査を実現している。技術の本質は、しばしば見えないところにある。
参考資料
- NobelPrize.org (1979). “The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1979.” Press release.
- Hounsfield, G.N. (1973). “Computerized transverse axial scanning (tomography).” *British Journal of Radiology*, 46(552), 1016–1022.
- Webb, S. (1990). *From the Watching of Shadows: The Origins of Radiological Tomography*. Adam Hilger.
- PMC (2021). “How CT happened: the early development of medical computed tomography.”
- Kalender, W.A. (2011). *Computed Tomography*. Publicis.
- JIRA Virtual Museum (1975). 「日本でのCT1号機」
- キヤノンメディカルシステムズ「CTの歴史」
- Jacobson, B. (2012). “Do we really need to thank the Beatles for the financing of the CT scanner?” *Radiography*, 18(2), e39–e40.
⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とした医療アドバイスではありません。健康上の問題については、必ず医師・医療機関にご相談ください。

