「見えない圧力」を測る——血圧計の誕生と高血圧が「病気」になるまで
1896年、イタリアの医師スキピオーネ・リバ・ロッチ(Scipione Riva-Rocci)が、ゴム製の袖帯(カフ)と水銀柱を組み合わせた装置を発表した。
これが現代の血圧計の原型だ。
今日、世界中の診察室で毎日何千万回と行われる「腕に帯を巻いて血圧を測る」という行為は、この1896年の発明にさかのぼる。しかし「血圧を測ることができる」と「高血圧が危険な病気だ」の間には、さらに半世紀の時間が必要だった。
1. 血液が「圧力」を持つことの発見——1733年の馬
血圧の概念を最初に実験で示したのは、イギリスの聖職者・生理学者スティーヴン・ヘールズ(Stephen Hales, 1677–1761)だ。
1733年、ヘールズは馬の大腿動脈に真鍮製の管を挿入し、ガラス管につないだ。馬の心臓が拍動するたびに、ガラス管の中の血液が上下した。その最高点は地面から約2.5メートルの高さに達した。
ヘールズはこれを著書『ヘマスタティクス(Haemastaticks)』(1733年)に記録した。生きた動物の体内に「圧力」があること——心臓がポンプとして血液を押し出していることが、初めて定量的に示された瞬間だ。
しかしこの方法では、生きた動物の動脈を切開しなければならない。当然、ヒトに応用することはできなかった。
2. 「切らずに測る」への挑戦——19世紀の試行錯誤
ヘールズの発見から約150年、医師たちの課題は「体を傷つけずに血圧を測ること」だった。
1855年、ドイツの生理学者カール・フォン・フィーロルト(Karl von Vierordt)が、皮膚の上から動脈を外部から圧迫する方法を試みた。しかし装置は大型で、正確な測定には限界があった。
1880年代、オーストリアの医師サミュエル・フォン・バッシュ(Samuel von Basch)が、水を充填したゴム袋で橈骨動脈を圧迫する方式の血圧計を開発した。脈が消える点が収縮期血圧(最高血圧)に対応するという原理は正しかったが、装置の精度と使いやすさに課題があった。
3. リバ・ロッチの革新——1896年、現代血圧計の誕生
1896年、イタリア・トリノの医師スキピオーネ・リバ・ロッチ(1863–1937)が、それまでの問題を解決する装置を発表した。
リバ・ロッチの改良点は主に二つだ。
① 幅広いゴムカフ:上腕全体を均等に圧迫できる幅のカフを使うことで、圧迫が均一になった。それまでの装置は細い帯で局所を圧迫するため、正確な測定が難しかった。
② 水銀柱との組み合わせ:カフの圧力を水銀柱(mmHg)で表示することで、測定値を数値として記録・比較できるようになった。
装置は携帯可能なサイズで、測定は数分で完了した。リバ・ロッチの血圧計は医師たちに急速に広まっていった。
しかしこの時点で測れるのは収縮期血圧(最高血圧)だけだった。
4. コロトコフ音——1905年、拡張期血圧の発見
現代の血圧測定を完成させたのは、ロシアの軍医ニコライ・コロトコフ(Nikolai Korotkoff, 1874–1920)だ。
1905年11月8日、コロトコフは帝政ロシアの帝国軍医学院で短い報告を行った。その内容はわずか数段落のものだったが、医学史を変えた。
カフを膨らませて動脈を圧迫し、少しずつ空気を抜いていくと、聴診器で独特の音が聞こえる。最初の音が聞こえた瞬間の圧力が収縮期血圧——これはリバ・ロッチも知っていた。しかしコロトコフはさらに観察を続けた。音が消えた瞬間の圧力が拡張期血圧(最低血圧)に対応する——これが彼の発見だ。
この「コロトコフ音(Korotkoff sounds)」を用いた聴診法によって、上(収縮期)と下(拡張期)の両方を非侵襲的に測定することが可能になった。現代の「120/80」という測定形式は、このコロトコフの発見を基礎にしている。
5. 高血圧は「病気」か「老化」か——認識の転換
血圧計が完成したことで、医師たちはある問いに直面した。
「高い血圧は治療すべき病気なのか、それとも自然な老化現象なのか?」
20世紀初頭、多くの医師は「血圧が高い老人は、必要があって血圧を上げているのだ——動脈が硬くなった体に血液を届けるために」と考えていた。高血圧を治療することは、むしろ体の「補正機能」を妨げる危険があると思われていた。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1733年 | スティーヴン・ヘールズ、馬の動脈で血圧を直接測定 |
| 1880年代 | フォン・バッシュ、初期の非侵襲的血圧計を開発 |
| 1896年 | リバ・ロッチ、現代血圧計の原型を発表 |
| 1901年 | ハーヴェイ・カッシング、リバ・ロッチの装置を米国に紹介 |
| 1905年 | コロトコフ、聴診法による拡張期血圧測定法を発表 |
| 1948年 | フラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)開始 |
| 1950〜60年代 | 疫学研究により高血圧が心血管疾患の主要リスク因子と確認 |
| 1973年 | オムロン、家庭用電子血圧計を発売 |
| 2010年代〜 | ウェアラブルデバイスによる連続血圧モニタリングの研究が進む |
転換点となったのは1948年に始まったフラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)だ。米国マサチューセッツ州フラミンガムの住民5,000人以上を長期追跡したこの疫学研究は、「高血圧が心筋梗塞・脳卒中・心不全のリスクを大幅に高める」ことを統計的に証明した。
高血圧は「治すべき病気」となった。
6. 家庭血圧計と日本——デジタル革命が変えた医療文化
20世紀後半、血圧測定は診察室から家庭へと移っていった。
オムロン(OMRON)は1973年に家庭用電子血圧計の先駆けとなる製品を開発した。それまでの水銀柱+聴診法による測定は、訓練を要する医療専門職の技術だった。電子式の自動血圧計は、ボタン一つで誰でも測定できる装置に変えた。
家庭血圧計の普及は医療に変革をもたらした。医師が測ると緊張して血圧が上がる「白衣高血圧」という現象が認識され、自宅で日常的に測る「家庭血圧」がより正確な評価指標として重視されるようになった。現在の高血圧診断ガイドラインでは、診察室血圧と家庭血圧の両方を参考にすることが標準とされている。
まとめ:「測る」ことが病気を作った
血圧計の歴史は、「測定技術の進歩が新しい病気の概念を生む」過程を示している。
血圧が測れなかった時代、高血圧は「病気」ではなかった——症状がない限り、その存在すら知られなかった。リバ・ロッチとコロトコフが「数字」を与えたことで、「症状がなくても危険な状態」という概念が生まれた。フラミンガム研究が「その数字が死を予測する」ことを示したことで、「無症状の病気」を治療するという現代医学の重要な戦略が確立した。
今日、高血圧は「サイレントキラー(silent killer)」と呼ばれる。自覚症状なく進行し、突然心筋梗塞・脳卒中として顕在化する。世界の死因の主要な要因だ。
ヘールズが馬の動脈に管を刺した1733年から、スマートウォッチが連続血圧を測定しようとする2020年代まで——「体の中の圧力」を知ることへの挑戦は、290年以上続いている。
参考資料
- Booth, J. (1977). “A short history of blood pressure measurement.” Proceedings of the Royal Society of Medicine, 70(11), 793–799.
- Hales, S. (1733). Statical Essays: Containing Haemastaticks. W. Innys and R. Manby, London.
- Dawber, T.R., Meadors, G.F., & Moore, F.E. (1951). “Epidemiological approaches to heart disease: The Framingham Study.” American Journal of Public Health, 41(3), 279–286.
⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とした医療アドバイスではありません。健康上の問題については、必ず医師・医療機関にご相談ください。

