3500年前の処方は「目に肝臓」だった——鳥目・ヤツメウナギ・イシナギ、ビタミンAの光と毒

栄養と疾病の歴史

日が暮れると、急に周りが見えなくなる。昼間はなんともないのに、夕方の道でつまずき、暗い部屋では手探りになる。

日本ではこれを昔から「鳥目(とりめ)」と呼んできた。鳥は夜目が利かないと考えられたことからついた名前で、医学的には夜盲症という。

いまでは、その多くがビタミンA不足で起こることが分かっている。ビタミンAが見つかったのは20世紀に入ってからだ。

ところが、人類はそのはるか前——3500年も前から、この病に「正解」の薬を使っていた。肝臓である。

今回は、理屈を知らないまま正しい答えにたどり着いていた古代の処方から、その同じ肝臓が人を中毒させるようになった現代の話まで、ビタミンAの長い物語をたどる。


1. 3500年前の処方——肝臓を目に

紀元前1550年頃に書かれた古代エジプトの医学書『エーベルス・パピルス』には、目の病気に対する処方がいくつも並んでいる。その中に、夜盲症にあたるとされる病への処方がある。

牛の肝臓を焼いて搾り、その汁を目に用いよ。

ここで面白いのは、文面をそのまま読むと、肝臓は食べるのではなく、目に塗っていたらしいことだ。肝臓を焼くと出てくる汁を、患部である目に直接つける。病が目にあるのだから、薬も目に——当時の発想としては自然である。

古代メソポタミアでも、ロバの肝臓が目の病の薬として使われ、こちらは食べることもあったとされる。そしてギリシャに渡ると、ヒポクラテスからガレノスに至る医師たちが、肝臓を食べる方向へと処方を移していった。

もちろん、彼らはビタミンAなど知らない。それでも肝臓は、動物の体の中でビタミンAが最も多く蓄えられる臓器である。理屈は何一つ分かっていなかったのに、薬の選択だけは正しかったのだ。

目に塗る処方でも効いたのかどうかは、よく分からない。焼いた肝臓は、儀式のあとで患者が食べることもあっただろう、と推測する研究者もいる。いずれにせよ、「夜に見えない病には肝臓」という経験則は、数千年にわたって受け継がれていく。


2. 日本の鳥目と、「目が八つ」の魚

日本でも、鳥目には決まった食べ物があった。ヤツメウナギである。

ヤツメウナギは古くから滋養強壮と夜盲症の薬として用いられ、戦前の東京の下町では夜店で売られていたという。現在でも、ヤツメウナギの肝油は夜盲症や疲れ目の伝統薬として売られている。

実際、ヤツメウナギは100グラムあたり8,000マイクログラムを超えるビタミンAを含む。日本人の成人が1日に必要とする量の、10倍前後である。民間療法としては、驚くほど理にかなっていた。

ちなみに、名前の「八つの目」のうち、本物の目は一つしかない。体の側面に並ぶ7対のエラの穴が目のように見えるため、本物の目と合わせて「八目」と呼ばれた。目に効く魚の名前の由来が「目の見間違い」だというのは、なんとも味わい深い。

ヨーロッパでもヤツメウナギは古くから食べられてきた。12世紀のイングランド王ヘンリー1世は、ヤツメウナギ料理の食べ過ぎで死んだと伝えられている。真偽は分からない。ただ、この魚が「たくさん食べればよい」ものではないことは、後で見るとおり確かである。


3. 1904年、日本の医師が気づいたこと

19世紀になると、ヨーロッパの医師たちは夜盲症をよく観察するようになる。1863年、フランスの医師ビトーは、夜盲症の子どもの白目に白く泡立ったような斑点があることに気づき、夜盲症と目の乾きは同じ病の現れだと考えた。この斑点は今も「ビトー斑」と呼ばれ、ビタミンA欠乏の診断の手がかりになっている。

そしてビタミンAが見つかる少し前、日本でも一つの重要な観察が行われている。

明治37年(1904年)、医師の森正道(もり・まさみち)は、「脾疳(ひかん)」と呼ばれた子どもの病を調べた。目が乾いて角膜が濁り、ひどくなると失明に至る病である。対象は2〜5歳の子ども、約1,400例。

彼は、ある傾向に気づく。魚をよく食べる子どもにはほとんど起こらず、植物性の食事に偏った子どもに多い。そして、ごく少量の肝油を与えると、劇的に治った。

この時点では、まだ「ビタミン」という言葉すらない。アメリカのマッカラムらが、バターや卵黄に含まれる成長に欠かせない成分を「脂溶性A」と名づけるのは、それから9年後の1913年である。

くる病の記事で、肝油ドロップが子どもに配られていた話を書いた。肝油はビタミンDだけでなく、ビタミンAの供給源でもあった。昭和の子どもたちが舐めていたあの粒は、骨と目の両方を守っていたのである。


4. 戦争とバター——デンマークの子どもたち

ビタミンAの重要性をはっきり示したのは、皮肉にも戦争だった。

第一次世界大戦中、酪農国デンマークで、子どもの眼球乾燥症が急増した。目が乾き、角膜が濁り、潰れてしまう病である。

背景にあったのは、バターだった。1917年、ドイツの潜水艦による封鎖で家畜の飼料が輸入できなくなり、バターの値段が跳ね上がる。貧しい家庭や施設の子どもたちは、バターの代わりに脱脂乳や、植物油から作ったマーガリンを口にするようになった。

コペンハーゲンの小児科医カール・ブロックは、この関係に気づく。彼が勤める子どもの施設で、脱脂乳を全乳に切り替えると、新たな患者が出なくなった。さらに1〜4歳の子ども32人を二つに分け、片方に全乳とバター、もう片方にマーガリンを与えて比べると、マーガリンの群れでは半数に角膜の乾燥が起きた。その子たちは、肝油ですみやかに治ったという。

現代の倫理基準から見れば、到底許されない研究である。それでも、この記録が「動物性の脂肪の中に、目を守る何かがある」ことを人間で示した。


5. なぜ見えなくなるのか

では、ビタミンAが足りないと、なぜ夜に見えなくなるのか。

目の奥の網膜には、暗いところで光を感じる杆体(かんたい)細胞がある。その中にあるロドプシンという色素が、わずかな光を受け止める役目をしている。ロドプシンを作るのに欠かせない材料が、ビタミンAなのだ。

材料が足りなければ、暗い場所で働くセンサーが不足する。明るいところでは別の細胞(錐体)が働くので困らないが、日が暮れると途端に見えなくなる。まさに「鳥目」の症状である。

この仕組みを解き明かしたアメリカのジョージ・ウォールドは、1967年にノーベル生理学・医学賞を受けた。エジプトの医師が肝臓を焼いてから、およそ3500年後のことだ。

さらに不足が進むと、ビタミンAが担っている皮膚や粘膜の維持が崩れ、角膜が乾き、やがて軟らかく溶けるように壊れていく。夜盲症は、失明へと続く坂道の入り口でもある。


6. 同じ肝臓が、毒になる

ここで話は反転する。

ビタミンAは、脂に溶けて体に溜まる。だから足りなければ病気になるが、多すぎてもまた病気になる。

日本では、イシナギという大型の魚の肝臓による中毒が知られている。イシナギの肝臓には、1グラムあたり10万〜20万単位という桁外れのビタミンAが含まれ、わずか5〜10グラム食べただけで中毒しうる。激しい頭痛や吐き気に続いて、数日後から顔や頭の皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちるのが特徴だ。

興味深いのは、この中毒が増えた時期である。かつてイシナギの肝臓は、肝油の原料として工場に回っていた。ところが1955年頃、合成のビタミンAが登場して肝油の需要が減ると、行き場を失った肝臓が市場に出回り、中毒が相次いだ。イシナギの肝臓は1960年、食用が禁止された。

人工のビタミンが生まれたことで、天然のビタミンが人を傷つけ始めた——なんとも皮肉な順番である。

極地でも似た話がある。1913年、南極探検中に食料が尽きたダグラス・モーソンとザビエル・メルツは、連れていた犬を食べて命をつないだ。犬の肝臓もまた、ビタミンAを大量に含む。メルツは皮膚が剥がれ、髪が抜け、やがて亡くなった。その死因はビタミンA過剰症だったという説が有力だが、飢えと寒さそのものによるという反論もあり、決着はついていない。


7. いまも続く「鳥目」

最後に、これが過去の病ではないことに触れておきたい。

ビタミンA欠乏症は、いまも開発途上国の子どもにとって深刻な問題である。世界で毎年25万〜50万人の子どもがビタミンA不足で失明し、その約半数が1年以内に亡くなる——WHOの推計として繰り返し引用されてきた数字だ。視力を失うほどの欠乏は、同時に感染症への抵抗力も奪うからである。

そのため多くの国で、子どもに高用量のビタミンAを定期的に配る取り組みが続けられている。3500年前のエジプトの医師が肝臓を焼いた問題に、人類はいまも取り組み続けているのだ。


まとめ:足りなくても、多すぎても

夜盲症の歴史は、ビタミンの物語の中でも独特の形をしている。

人類は、理屈を知る3500年も前に正しい薬を見つけていた。エジプトでは目に塗り、ギリシャでは食べ、日本ではヤツメウナギを食べた。森正道は肝油が効くことに気づき、ブロックはバターの中に答えがあることを示した。そして20世紀、ようやくロドプシンとビタミンAの関係が解き明かされた。

ところが答えが分かったとたん、今度は量という新しい問題が現れる。足りなければ目が見えなくなり、多すぎれば皮膚が剥がれる。悪性貧血を生のレバーで治した話のように、肝臓は昔から「効く食べ物」の代表だったが、その効き目の強さは、そのまま危うさでもあった。

古代の医師が残したのは、肝臓が効くという経験だった。それを「どれだけ」で語れるようになったのは、ごく最近のことなのだ。


筆者注

ビタミンAといえば、学生時代に「脂溶性ビタミンだけ(DAKE)」——D・A・K・E——と覚えた記憶がある。そして、水溶性ビタミンと違って脂溶性ビタミンは体に溜まるので、過剰摂取が問題になるとも習った。今回イシナギの話を調べて、その意味をあらためて実感した。

整形外科医にとっては、骨代謝と大きく関わるビタミンDがいちばん馴染み深い。ただ、やはり「ビタミン」と名乗るだけあって、どれも体にとって欠かせないものばかりだ。専門に近いものだけでなく、全部ひととおり知っておく必要があるのだなあと思った。


参考資料

  • Wolf G. (1978). “A historical note on the mode of administration of vitamin A for the cure of night blindness.” American Journal of Clinical Nutrition, 31(2), 290–292.
  • Bloch CE. (1921). “Clinical investigation of xerophthalmia and dystrophy in infants and young children.” Journal of Hygiene, 19(3), 283–304.
  • 小野忠義(2000)「肝油の産業技術史的研究(4)肝油工業の発展期(大正から昭和前期)」『技術と文明』12(1), 25–43.
  • 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:魚類:ビタミンA」
  • Carrington-Smith D. (2005). “Mawson and Mertz: a re-evaluation of their ill-fated mapping journey during the 1911–1914 Australasian Antarctic Expedition.” Medical Journal of Australia, 183(11–12), 638–641.

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⚠️ 免責事項:本記事は医学史・医療史の教育・情報提供を目的としたものであり、特定の疾患の診断・治療・予防を目的とした医療アドバイスではありません。健康上の問題については、必ず医師・医療機関にご相談ください。

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