Dr.げち

古代・奇妙な医療

2500年を生き延びた治療——ヒポクラテスから現代FDAまで、今も使われる古代医療5選

肩関節脱臼の整復に立つとき、整形外科医は紀元前5世紀の技法を思い浮かべる。ヒポクラテス法だ。抗生物質も画像診断もある現代に、2500年を生き延びて今なお使われている治療が存在する。そんな古代医療を5つ紹介する。
医療器具・技術の歴史

「見えない圧力」を測る——血圧計の誕生と高血圧が「病気」になるまで

1896年、イタリアの医師がゴム製カフと水銀柱を組み合わせた。現代の血圧計の原型だ。だが「血圧が測れる」と「高血圧は危険な病気だ」のあいだには、さらに半世紀が必要だった。1733年の馬の実験から始まる見えない圧力の歴史。
古代・奇妙な医療

83歳が書いた江戸のベストセラー——貝原益軒『養生訓』と日本最初の健康本

1713年、83歳の貝原益軒が人生の集大成として書いた『養生訓』。平均寿命40〜50歳の江戸時代に85歳まで生きた人物の「長寿の秘訣」は爆発的に売れた。「腹八分目」を日本で初めて言語化した、日本最初の健康本をたどる。
古代・奇妙な医療

武将たちが傷を癒しに通った「医療施設」——湯治と温泉療法の日本史

武田信玄は兵士の戦傷や疲労を温泉で癒した。「信玄の隠し湯」の伝承が十数か所に残るのは、その記憶である。戦国時代、温泉は娯楽施設ではなく病院だった。『日本書紀』の時代から続く、湯治と温泉療法の日本史をたどる。
古代・奇妙な医療

病気は「怨霊」が原因だった——呪禁師と陰陽道医療の平安時代

平安時代、高熱を出した貴族がまず呼んだのは医師ではなく、陰陽師と僧侶だった。占いで怨霊を特定し、加持祈祷で邪気を払う——これが当時の正式な治療だ。なぜ呪術が千年のあいだ医療として機能しえたのかを考える。
外科・手術の歴史

刀と矢と鉄砲——戦国時代の金瘡医が戦場で行っていた外科手術

麻酔も抗生物質も消毒の概念もない戦場で、刀傷・矢傷・鉄砲傷を専門に扱った「金瘡医」がいた。1575年の長篠の戦いを起点に、彼らが何を知り何を知らなかったのか、戦国の外科がどう近代医学へつながったのかをたどる。
古代・奇妙な医療

病を「神」として祀った国——疱瘡神と天然痘、日本人の感染症対処法

天然痘と戦った民族は多いが、「病そのものを神として祀り、丁重に扱って帰ってもらう」という発想を持ったのは日本くらいかもしれない。疱瘡神を祀る神社、赤い布で飾られた病室——医療が無力だった時代の対処法をたどる。
古代・奇妙な医療

梅毒の世界的伝播と日本上陸——戦国時代の医師たちが直面した新興感染症

1493年、コロンブスが持ち帰ったのは金と香辛料だけではなかったとする説が有力だ。1495年にヨーロッパ全土へ広がった梅毒は、20年とかからず日本に届く。見たことのない症状を前に、戦国の医師たちは何をしたのか。
医療器具・技術の歴史

重さ270kgの機械が捉えた「心臓の叫び」——アイントホーフェンと心電図の誕生

重さ270キログラム、操作に5人、冷却水の循環が必須——1903年、人類で初めて心臓の電気信号を目に見える波形として記録した装置は、そんな代物だった。アイントホーフェンの発明が、毎日3億回行われる検査になるまで。
医療器具・技術の歴史

ノーベル賞を2度とった女性の遺品は今も放射線を放つ——マリー・キュリーと放射能の発見

パリの図書館には鉛で裏張りされた箱がある。中の1890年代のノートは、持ち主が死んで130年経った今も放射線を放ち続けている。史上初めてノーベル賞を2度受けた科学者は、自ら発見した「輝く毒」によって死んだ。
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