Dr.げち

医学と社会の歴史

禁酒法時代の工業用アルコール政策——アメリカが直面した公衆衛生上の悲劇

禁酒法時代のアメリカで、連邦政府は工業用アルコールにメタノールをはじめとする毒物を意図的に添加した。密造業者はそれを精製して販売し、市民が死んだ。政府は「自業自得」と言い続けた。1926年のクリスマスシーズン、ニューヨークだけで400人以上が死亡した。
薬・感染症の歴史

禁酒法と医師の処方権——アルコールをめぐるアメリカ医療の特殊な歴史

1920年代のアメリカ禁酒法時代、医師は「医療用」としてウイスキーを処方できた。年間1100万枚の処方箋、6万4000人の医師、4000万ドルの収益——そして現代日本でも「ぶどう酒」は今なお医薬品として収載されている。
医学と社会の歴史

「治す」から「生きる」へ——リハビリテーション医学はいつ生まれたか

「治す」だけでなく「生きる」まで扱うリハビリテーション医学はいつ生まれたのか。二度の世界大戦、ポリオの流行、そしてハワード・ラスクという医師の革新——その誕生の歴史を辿る。
医療器具・技術の歴史

象牙からセラミックへ——人工関節130年の素材進化史

1890年、ベルリンの外科医が象牙で人工関節を作った。象牙は腐り、テフロンは削れ、金属も削れ、セラミックは割れた——人工関節の130年は「何で作るか」をめぐる失敗の積み重ねだ。現代の人工関節に至る素材進化史をたどる。
医学と社会の歴史

エジソンは「問題児」だったのか——ADHDという視点で偉人を読み直す

「あなたの息子は精神薄弱です」という手紙を母が隠した——感動的なエジソンの逸話は、実は完全な後世の創作で一次資料に根拠がない。では実際には何が起きたのか。3か月で終わった学校生活を、ADHDという現代の視点から読み直す。
古代・奇妙な医療

「お世辞を言う」と煙草浣腸——テムズ川沿いに設置された18世紀の蘇生キットの話

18世紀のテムズ川沿いには、溺れた人の肛門から煙草の煙をふいごで送り込む「蘇生キット」が設置されていた。有名な慣用句の語源説のほうは裏付けがないが、この奇妙な蘇生法そのものは本当に行われていた。その顛末をたどる。
医学と社会の歴史

「ランプの貴婦人」ではなく統計学者だった——ナイチンゲールがグラフで官僚を動かした日

「ランプを持った天使」は彼女の半分でしかない。ナイチンゲールが歴史を変えたのは、ランプではなくグラフによってだった。「兵士の大半は戦場ではなく病院で、防げる病気で死んでいる」——統計を可視化して官僚を動かした話。
薬・感染症の歴史

壊血病と大航海——なぜヨーロッパの船乗りは死に続け、鄭和の船団は7度の遠征を達成できたのか

1497年、ヴァスコ・ダ・ガマの艦隊は170人で出港し、54〜55人で帰港した。殺したのは戦闘でも嵐でもない。同じ時代、鄭和は2万7千人の船団で7度の遠征を達成している。この差はどこから来たのか——壊血病と食事の文明史。
外科・手術の歴史

バーク&ヘア事件——解剖学の需要が生んだ19世紀スコットランドの暗部

1828年エジンバラ、発見された死体は新鮮すぎた。バークとヘアは16人を殺し、その死体を解剖用として医師に売っていた。これは猟奇事件の話ではない。医学が人体の内側を知ろうとしたとき、社会が払わされた代償の話だ。
外科・手術の歴史

「速い馬車」から「動く治療室」へ——ラレー、レターマン、そして救急車が230年かけてたどり着いた答え

1807年アイラウの戦場、倒れた兵士は砲声が止むまで雪の中で待つしかなかった。現代の救急車は到着と同時に12誘導心電図を取り、病院へ送信する。ラレーからレターマンへ、救急医療が230年かけて越えた距離をたどる。
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